「cold wind」 

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 ヒュウ、と。冷たい空気が流れた。つられるようにカサカサと音を立てる木の枝を、歩みを止めた左翊は見上げた。
 この世界のどこかに居るであろう少女のように風の声を聞く事は出来ないが、この風がどのような風であるかくらいは判別できる。冷たい北風は冬の訪れ。風量はそよぐ程度、時折少しだけ強まり小枝を揺らす。どこにもおかしい点などないはずなのだが、自然に流れる風とはどことなく違うような気がして、首を傾げる。辺りに人の気配はなかった。気に留めるほどのことではなかったかもしれない。しかし一度気になると暫くは気を紛らわす事の出来ない性格である。珍しい好奇心だったのかもしれない。左翊は風の流れてくる方、風上へと足を進めた。
 ぶわりと、マフラーを揺らす風が強く左翊にぶつかった。その途端、身を震わせる程の冷気。ひんやりという生半可な言葉で表現するには物足りない程の冷たさが、露出した肌の部分の体温を一気に奪った。思わず両腕をぎゅっと握るが、あまり効果はなさそうである。身に感じる冷たさを和らげる事を諦め、ふと顔を上げた左翊の目に一つの影が映った。どうやら、風の"発生源"はここで間違いないようだ。左翊の目の前には、ひらりと薄手の服を翻す少女が立っていた。彼女の周囲をくるくると風が周り、風に触れた空気中の水蒸気が凍り、そして雪となって舞っている。風に乗ってふわりと飛んできた雪の欠片が、左翊の頬に触れた。触れた途端に感じる冷たさと引き替えに欠片は消えてしまう。後ろ姿を眺めてみるが、少女はまだこちらに気付いていない。そっと、彼女に近付いた。
「寒い」
 風を操る為にか上げられていた少女の左手を、掴み上げると左翊はそう呟いた。掴んだ手が驚く程冷たく、体温も感じず、思わず離しそうになるのをそっと堪える。言葉と行動で、ようやっと少女は左翊に気付いたようだった。ビクリと肩を震わせると、おずおずと振り返ってきた。薄い茶色の髪に、同色の瞳。驚いているのか睨まれているのか分からない視線には、まだ幼さを感じた。彼女の意識がこちらに向くと同時に風が止み、やはり彼女がこの風の原因だったのだと確信を得る。こちらを見てくるだけで、少女は何も言葉を発しない。この冷たい手を握り続けていたら、いつか温かくなるのだろうか。その前に、自分も冷たくなるのだろうか。不意に、左翊の脳裏にはそんな考えが過ぎった。

「…触らないで」
 どれくらい動作を止めていただろうか。先に動いたのは少女の方だった。パシンと左翊の手を払うと全身でくるりと左翊に向き直り、キッと睨み付ける。顔の作りのせいか険しさを感じない少女の表情には、どこか戸惑いに似たものが見えた気がした。
「私、冷たいんだから」
 ぼそりとそう言うと少女は、ぷいと顔を逸らしてまた全身でくるりと背を向けた。そしてそれ以上何も言わず、どこかへと立ち去ってしまった。少女と共に風は走り去り、やがて少しだけ暖かいような気がする風が吹き込んでくる。これはきっと、いつもの北風。後ろ姿も見えなくなった頃に、左翊は払われた右手をそっと降ろした。すぐに追えば追いつけたであろう少女のスピードに、しかし左翊は追い掛ける気にはなれなかった。追い掛ける理由がある訳でもない。ただ、戸惑ったような少女の表情と、「冷たい」という言葉が、妙に頭に残った。


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