「like and dislike or love and hate」 

何気に恒例になってきたような突発バレンタインネタ。
を、追記につらつら。

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「~♪」
 風の流れに乗って微かな旋律が聞こえてくる。外は晴れ、しかし屋内は暗い。それが日常。そんな塔の一室には、確か朝から真鈴が引きこもっていたような気がする。近くを通り掛かった時にふと思い出し、特に用事があった訳ではないが、少しばかりの好奇心で秦羅はその部屋を覗き込んだ。ふわりと漂う、甘い香り。
「やぁぁっと来てくれたわね」
 覗き込むと同時に振り返ってきた真鈴とばっちり目が合う。声は呆れているようにも、歓迎しているようにも聞こえた。こっそりと様子を見るつもりだった秦羅は思わずどきりとしたが、両腕を腰に当て笑いながらこちらを見てくる真鈴にすぐに観念する。きょろきょろと部屋を見回しながら足を踏み入れた。
「何してるの」
「バレンタイン。知ってる?」
「………、聞いたことある」
 真鈴が問い掛けながら首を傾けると、高い位置で結ばれた長い髪がさらりと揺れた。髪を一つに纏めている姿は、実はあまり珍しいものではない。普段は髪を降ろしている事の方が多いが、食事や、今のように菓子類を作っている時は邪魔にならないよう括っているのだ。そしてそんな姿を、秦羅はよく見ていた。
「聞いたことあるレベルなのね…。ね、秦ちゃんも一緒に作らない?」
 秦羅の答えを聞いた真鈴は小さく肩を竦め、そしてにっこりと笑った。というより、元々そのつもりだったのではなかろうか。そうでなければ第一声の意味が繋がらない。視線だけでテーブルを指すと、そこにはこれから焼かれるであろう生地と、既に焼き上がって粗熱を取っている段階のクッキーが沢山並べられている。
「作ってもあげる人いないし」
「そういうこと言わないの。あげ甲斐のあるやんちゃ坊主はいるんだから。それに峻君にあげたらいいじゃない」
「嫌」
「もぉ」
 即答。真鈴は峻が好きで、秦羅は峻が嫌い。連日何かとこの話題で話をしているから今更とやかく言う事でもない。好きな相手を嫌いと言われる真鈴としてはあまり楽しくないのかもしれないが、それは嫌いな相手の話題を振られる秦羅も同じだった。しかし「あげる人いない」とは言いながらも、クッキーを作ること自体は嫌ではないらしいようで。
「形、どうやって作ってるの?」
 秦羅はまだ形の出来ていない生地を見て、そして真鈴を見やった。



 用意されていた生地は全て使い切り、テーブルの上は焼き上がったクッキーだけになる。オーブンの中の様子をじっと見つめる秦羅の後ろで、真鈴はカチャカチャと音を立てながら使った道具類の片付けをしていた。それもまた日常。普段この調理場を活用しているのは真鈴だけで、作業に手慣れているのも真鈴だけ。期待していないと言えば聞こえは悪いが、秦羅が進んで片付けを手伝ってくれるとは思っていなかった。真鈴は何も言わず、秦羅の様子を片目に手を動かし続けた。
 やがてオーブンの熱気に当てられたのか秦羅は顔を離し、そして真鈴の方へと振り返る。その頃にはとっくに洗い物は終わり、真鈴は手にした最後の道具を綺麗に拭き上げている所だった。
「あ…ごめん」
「いいのいいの。焼けてそう?」
「うん。大丈夫だと思う」
 そんなやり取りを終え、休憩とティータイムを兼ねたお茶を淹れ、二人は椅子に腰掛けた。目の前には甘い香りを放つクッキーが置かれており、つい手を伸ばしそうになる。秦羅がじっとクッキーを見つめていると、くすりと笑って真鈴の手がクッキーへと伸びた。
「味見、してみる?」
 差し出されたクッキーを一枚手に取り、秦羅は無言で頷いた。
 テーブルの周りに置かれている椅子は五つ。今は空いている三つの椅子には、普段は烈斗や臣が腰掛けていることが多い。稀に、ふらりと立ち寄っていく雨亜が座っていることもある。調理場と同じスペースにあるこれらは、休憩スペースとして使われることもあるが大体が真鈴の作った食事を食す場である。ただし、峻やシーズがここに訪れているところは見たことがない。真鈴は部屋をぐるりと見て、そして視線を秦羅へと戻した。
「どう?」
「……、普通」
「素直に美味しいって言いなさいよ」
 ピンと秦羅の額を人差し指で弾き、真鈴は大袈裟に溜め息を吐いて見せた。むっと頬を膨らます秦羅が、本気で怒っている訳ではないことくらいお見通しなのだ。クッキーを一枚摘み、真鈴は自分でも口に運んだ。バターの香りと風味、柔らかな甘み、それらがゆっくりと口の中へと広がっていく。



 籠いっぱいに出来上がったクッキーは、量が量だけに全てを包むことなど出来ない。そこで渡す分だけ包装し、残りはこのテーブルに置いておこうという事になった。そうすれば、臣も、作った本人である真鈴や秦羅も摘むことが出来るし、包装した分だけでは満足しないであろう烈斗も喜ぶだろう。透明なシートでクッキーを数枚包み、更にそれを少しだけ光沢のあるピンク色の紙で包む。リボンでもあればもっと良かっただろうが、生憎手元にはなくくるりと口を捻るだけの簡単なもので包装は完了した。出来上がった包みは四つ。
「峻君にあげてシーズにあげないのも、あんまり気乗りはしないけど可哀想だものね」
 そう言う真鈴に、秦羅は心底嫌そうな顔を浮かべてみせるのだった。
「烈はすぐ見付かりそうだからいいけど、峻君とシーズは今日中に外に出てきてくれるかしら。出来れば直接渡したいんだけどねぇ、シーズにはあまり頼みたくないし。雨亜君は………見掛けた時で良いかしら」
 包みを軽くつつきながら真鈴はそう呟く。行動パターンを把握している、などと大層なことは言えないが、塔も閉鎖的な空間ではある。大体いつ頃どこに出没するかという程度であればなんとなく分かってきてしまうものだ。真鈴の様子を見ながら、ふと思い付いたように秦羅は口を開いた。
「真鈴ってさ、雨亜の事好きなの?」
「は?」
 あんまりにも唐突な秦羅の問い掛けに、真鈴は素っ頓狂な声を返してしまう。きょとんと首を傾げる秦羅に、真鈴はぽかんとすることしか出来ない。何せ調理中から今の今まで散々峻のことを話していたというのに、というか秦羅と出会った時から延々峻が好きだと言ってきているというのに、この切り返しは一体なんだろう。呆れを通り越して「意味不明」とでも言いたげに真鈴は秦羅を見た。
「秦ちゃん、私の話今までちゃんと聞いたことなかったの?」
「え、だって…」
 問い返されたことを不思議に思ったのか、うーんと秦羅は首を捻る。
「峻の事すごい好きなんだってのは耳タコなくらい知ってるけど」
「悪かったわね」
「で、烈斗はあげないと拗ねるだろうし、シーズはなんか嫌味言ってきそうだから分かるんだけど。雨亜って別に、あげなくても良くない?欲しかったとか言ってきそうにもないし」
 淡々とそう繋げる秦羅に、真鈴はやがて息を吐いて笑った。この子ともっとずっと話をしていたい、そう思いながら。
「秦ちゃん。バレンタインにはね、義理チョコっていう、とりあえずあげとこうっていう風習もあるの。雨亜君一人にあげないのも可哀想じゃない。…ううん、別に可哀想だからあげるってわけでもないんだけど…なんて言うのかしら、いつもお世話になってます、みたいな感じかしら」
「お世話になってるんだ」
「そんな雰囲気っていう例え話よ」
「ふぅん」
 どことなく腑に落ちないといった顔ではあるが、否定的では無さそうだった。真鈴は気付いているし、秦羅にも自覚はあった。真鈴が持っている感情の何かを、秦羅は持っていない。完全に欠落しているのか、ただ不足しているだけなのかは分からない。ただ、今はそれが二人の会話をすれ違わせているのだった。
 そして二人は気付いていなかった。部屋の外の丁度死角になっている所、帽子を深く被った青年が動くに動けず、不機嫌そうに立ちすくんでいることに。



 立ち上がった秦羅はふと、怪訝そうに手に取ったクッキーの包みを見つめた。じっと見つめるその様子に真鈴は首を傾げる。やがて秦羅は小さな声でぼんやりと、
「なんか、すっごい昔に、作ったことあるような気がする…」
とだけ、呟いた。その後に続く言葉はなかったし、真鈴も意味を問うことはしなかった。代わりに真鈴は少しだけ寂しそうな顔をして、そしてふわりと笑った。
「さぁて、配りに行くわよ」


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