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「あなたはだぁれ」 

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 ひんやりとした空気の流れる夜。
 静寂な廊下を歩いていると、ふと人の気配を感じた。屋内で誰もいないはずのその場所で、しかし椏夢は臆することなく玄関扉へと続く土間へ目を向ける。思った通りそこには人が立っており、そしてその身体はぼんやりと朧気だった。
 けれど予想していなかったのは、もう一人の存在で。
 朧気な姿の少年とは対照的に、極々普通の人間のように佇む真っ黒な衣服に身を包んだ少女。長いコートで身を包み足下は見えないが、どこも透けているようには見えない。
 数度の瞬きを繰り返し、椏夢の視線は少女に固定される。すると少女の方も少し驚いたように目を軽く見開き、口を開き…かけたところで、別の足音が響いた。
「お客さんかい?」
 はっと椏夢が振り返ると、奥の部屋から丁度幸子が出てきたところだった。スッと歩き椏夢の隣に並ぶと、彼女の視線は朧気な姿の少年へと向けられた。
「おやおや、また迷子かい?ここにいたって独りだろう。早く行かなきゃいけないところに行きなさい」
 幸子の口調は柔らかく、けれど叱っているようで。少年は少しだけ淋しそうな顔をしたあと、それでもどこか嬉しそうに微笑み、幸子に一礼するとすっとその姿を消した。少年は椏夢の事を見ていなかったが、少年を見ていた椏夢を、少女はじっと見つめたままだった。
「迷い込んでくるお客さんはね、呼び止めちゃ駄目だよ。少しだけ話をして、満足して天国に行けるようにしてあげないと」
 優しく微笑みそう話す幸子は、少女に視線を向けようともしていない。人の存在を無視するような性格をしている幸子ではない。ここでようやく椏夢は気が付いた。幸子にはこの少女の事が見えていないのだと。
「どうかしたかい」
「…いいえ、なんでもないです」
 黙ったまま考え込んでいた椏夢の様子に幸子は首を傾げたが、椏夢はゆっくりと首を振った。
 ふと振り返ると、少女の姿はもうどこにもなかった。



「たまにいるの。私の事が見える人が」
 不思議そうに、だがどこか不機嫌そうな高い声が暗闇に響いた。パタパタと動き回る人影は少女に目も留めず足を止めない。
「死期が近い人なのかと思っていたけど、そうじゃないのね」
 少女の視線は部屋の奥へと注がれているが、その奥の様子は暗闇で何も見えない。少女にも見えてはいない。
「居るかもしれないね。ニンゲンはまだまだ分からない事だらけだから、何が起きても可笑しくない」
 姿は見えないが声だけは響いてきた。クスクスと笑い声の混じる声に、少女は少しだけムッとした。彼の言う事が、本当の事なのか偽りなのか、少女に区別を付ける事はできない。
「そう機嫌を損ねないで。次の仕事があるんだろう?」
「ある。だから空き時間に聞きに来たの、気になったから。でも答えは無いのね」
「何か分かったら教えてあげようか?」
「………、何か分かったら、ね」
 どうせ何も教えてくれないんでしょ。
 声には出さずに、少女はくるりと部屋に背を向けた。そして音もなく歩いて行く。
 終わる事のない仕事へ。


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