「イチゴランドゥ」 


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「ねえ、流衣。人って死んだあとはどこに行くんだろ」
 突然の問い掛けに、流衣はハッとして顔を青くさせた。そして同時に込み上げるのは、どうにもならない怒り。
「なんで翔くんはそういう事言うの。縁起でもないっ」
 プイ、と顔を背けて尖った口調でそう返す。問い掛けた本人はというと、ゴメンゴメンと苦笑いを浮かべている。割といつもの光景なのだが、双方共に負い目を感じているのもまた、いつもと変わりなかった。
 夕暮れで、紅の光が白の部屋に迷い込む。遠くから聞こえる車の音、雑踏の声。けれど静かすぎるこの部屋に音が届く事で、白は余計に隔離された空間であると思わされる。1人の足音が、廊下を走り去った。
「お願いだから、そういう事………言わないで」
 首を回しても、俯いた彼女の表情は覗けない。向けた視線を外す事も出来ず、手を伸ばす事も出来ず、翔は唇を噛みしめた。声を掛けたいのに、言葉は何も出てこない。喉まで出掛かっていれば無理にでも引き出すのに、その気配もない。
 咎める声が、子供を追い掛けて走り過ぎる。扉1枚隔てた向こう側だというのに、まるで異世界。ガラガラと、歩行器の音が響いた。

 ガラリと扉が開くのと同時に、2人は顔を上げた。その急な反応に、逆に訪問者の方が面食らう。
「お、………ようっっったぁあッ?!」
「入り口で立ち止まらない!」
「槇さんそれは痛いって……」
 目をパチクリとさせる2人の前に広げられるのは、見慣れた光景で。思わず顔を見合わせた流衣と翔は、つい先程までの虚無の空気を一掃させて、同時に吹き出した。
「ひっでぇ」
 途端包まれた賑やかに、峡だけがムッと頬を膨らませた。
 異世界が、現実世界に戻ってくる瞬間。開いた扉が再び閉じても、彼らが居る限りは決して現実から離れる事はない。流衣は、落ちかけた涙を笑いで誤魔化す事に専念した。
「あ、槇、それ………!」
「気付いた?クラウンのケーキ!峡と深次の奢りなんだ」
「ほんと?!やったぁ!」
「奢りって言うか恐か…ッッつぁ」
 背後で何が行われているのかは流衣と翔には見えなかったが、峡の悶絶具合からして彼の言わんとした事の真実味は増してしまう。深次は乾いた笑みを浮かべ、槇から受け取った箱を翔の枕元の机に置いた。そっと開いた箱の中には、キラリと輝く宝石のような色たち。一際目を引く赤は、蛍光灯の明かりの下でもその存在を主張していた。
「とりあえず、翔から好きなの選んでよ」
「あ、チーズはあたしのだからね」
「ガトーは俺の…!」
「私ショートがいい!」
「………どれ選んで良いの?」
「…。ごめん、選択肢無かったね」
 じゃあコレで、と手に取ったのは控えめに置かれたモンブランで。手を伸ばした時にふと箱の中を数えると、その数は4。この場にいるのは5。不思議に思って深次を見やると、あははと笑って彼は手を振った。
「俺、甘いのダメだから」
 そう言っておもむろに取り出したのは酢昆布で。それを咥えた深次は、モンブランを片手にこちらを―――正確には酢昆布を凝視する翔の姿にキョトンとする。
「何?」
「いや、なんか、………ミスマッチだなぁと」
「そう?」
「………そうでもないのかもね」
 尻すぼみな会話を聞きながら、その横で流衣はクスリと笑った。皿もフォークも置いていないこの部屋でケーキを、ましてやショートケーキを食べるなど、簡単だがやりづらい行為である。しかしそれらを気にする者などこの場には居ないのだった。手にしたショートケーキのイチゴをつまみ、口に放り込み。とびきりの笑顔で美味しさを表現した。
「そんなに嬉しそうにしてくれると買ってきた甲斐があるわぁ」
「買ったの俺なんだけど………」
 細かい事は気にしない!と槇はチーズケーキを手にし、パクリと噛みつく。クリームも何も乗っていないチーズケーキは一見淋しそうだが、不思議とその気配を感じさせない。逆に、イチゴの無くなったショートケーキが妙にアンバランスで、不安感を誘っていた。もしかしたらそれを手にしている人物の雰囲気に飲まれているだけなのかもしれないが。そう考えながら峡は、残り1つになった箱の中からガトーショコラを取り出す。コレは他の人から見たらどう見えるんだろう、そんな事を思いつつ、聞くにも聞けず自分の中だけにその疑問は押し止めた。

「さっきの答えね」
 不意に流衣が発した言葉に周囲が彼女に視線を向けるが、4人中3人にはその意味は伝わっていなかった。首を傾げながら、きっと彼らがまたこっそり会話をしていたのだろうと3人ともすぐに気付く。2人は興味津々に、1人はほんの少しだけ複雑な気持ちを抱きながら、彼女の言葉を待った。答えが返ってくるとは思っていなかった翔は、ドキリと不安げに彼女を見やる。
「私だったら、イチゴが美味しい所に行きたいかな」
「………イチゴ?」
「うん。だって行くなら、不味い所より美味しい所がいいじゃない」
 にこりとイタズラに笑って、流衣はクリームの付いた手でピースをした。その様子があまりにも滑稽で、あまりにも可愛くて。直前に抱えていた不安も何もかもが吹き飛んで、翔は思わず大きく吹き出して笑ってしまった。
 元気だから。賑やかだから。
 「何話してたの」と槇が聞けば、「何でもないよ」と返ってくる。「ケーキが美味しいねって話だよ」と返すのは翔で、「嘘は良くないよ」と真面目に深次が反論する。何も言わずに傍聴していた峡が突然口を開けば、「俺は南国に行きたい」なんて見当外れな答えで。えー、と反論の声が上がる中、「冬でも海水浴が出来るんだぞ!」と必死に峡は主張する。論点が大きく逸れた事にも気付かずに、一同の話題は彼の考えを否定する事に集中した。
 本心から楽しんで笑っている翔の隣で流衣は、少しだけ翳った笑みを浮かべていて。拭えない不安は常にまとわりついているから、もう少しだけ強い心が欲しいだなんて願ってしまう。槇がこちらを気にしている事には気付いている。でも今は、一緒になって笑っていよう。そうやって視線だけで合図を送ると、長年の親友は小さく笑い、そして視線をすぐに峡へと向けた。「あぁもう煩い」と一喝すれば、1対1の口論の勃発なのだった。

 面会時間が終わるまで、若しくは看護師が「静かにして下さい」と注意しに来るまで、彼らの話題は尽きることなく続いていく。ただひたすらに、笑顔が欲しかったから。

 紅が黒に変われば不安が込み上げてくる。月も星も、手の届かない所に座っていて。弱い僕らには“見守ってくれる人”よりも“一緒に笑ってくれる人”が必要なんだ。だから早く、明日にならないかな。太陽の光と戯れて、そしてまた一緒に笑い合いたいから。


 また、あした。


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