「Sacred prayer for you SideB」 

SideB。
今度はこっちの女の子ズ。やっぱり男性陣の出番がない(笑)


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「ね、流黄ちゃん、お願い!」
「………何で私が」
「だって流黄ちゃんしか頼める人居ないのよぉ」
 両手を顔の前で合わせて必死の懇願。行き付けの喫茶店で流黄は、目の前の真鈴の行動に困惑した。時期が時期だから呼ばれた時からうすうす用件には気付いていたが、実際にこう頼まれてしまうとどうしたものかと思ってしまう。真鈴の用件は簡単だ、『バレンタインのチョコを峻に渡して欲しい』というもの。彼女はEncAnoterでキーボードを担当している彼の熱烈なファンなのだ。しかし当然接点などある筈もなく、実際に彼の事を見たのも過去に何度か参加したライブでのみ。対して流黄は、峻と同じ業界で活動している上所属しているレコード会社も同じ、峻が流黄の楽曲を手掛けているという繋がりもある。要するにこの二人は仲が良いのだ。だからといって真鈴を峻に紹介する、なんて事は無かったのだが。
「そういうのさ、不公平じゃん」
「流黄ちゃんだけずるいじゃない」
「ずるいって…」
「だって流黄ちゃんだってあげるんでしょ?」
「……そりゃ…、あげるけど」
「ほらぁ!」
 声を上げた真鈴に、流黄はむっと顔を顰めた。嫌いではない、嫌いではないのだが時々好きになれない時がある。彼女が心底峻の事が好きだという事は知っているのだが、だからといって人に頼ってばかりではどうにも手助けする気にはなれない。小さく溜息を溢して流黄は思案する。どう言ったら彼女は納得してくれるのか、自分が折れるしかないのか。誠意を見せる為にか真鈴は注文した飲み物に口を付けていなかったが、思案に結果を得られない流黄は自分の分のグラスに手を伸ばした。中身は100%のグレープフルーツジュース。好むのは甘いものだがお茶以外に好んでいる飲み物は100%果汁のジュースばかりだった。因みに真鈴が注文したのはアイスカフェラテ。
「渡せるだけで良いのよ、別にお返しとか返事聞きたいとか会ってみたいとかそういうつもりは…」
「ちょっとはあるでしょ?」
「そりゃちょっとはあるわよ、悪い?」
 ストローに口を付けたまま、はぁと溜息。友人の頼みなのだから聞きたいとも思うのだが、如何せん乗り気になれない。乗り気になれない理由に思い当たる節はある。真鈴から直接指摘されているが、どうやら自分自身自覚の無いまま彼の事を好いている、らしい。指摘されても納得はいかなかったが全否定する事も出来なかった。それを承知の上で真鈴も頼んでくるのだから、本当にただ渡したいだけなのだろう。以前はちょこちょこと言っていた“お近付きになりたい”という言葉も、最近ではあまり聞く事はなくなったとそういえば思う。もう一度だけ流黄は溜息を溢すと、仕方なさそうに真鈴を見た。
「渡すだけ、で良いの?」
 途端にパッと笑顔を輝かせる友人に、流黄は呆れたような笑みを向けた。貶している訳ではない、しょうがないなぁ、なんて言う保護者のような視線。
「渡して貰えればそれだけで充分よ。…お願いしていい?」
「仕方ないから、持って行ってあげる。要らないって言われても責任は取れないけど」
「いいのいいの、それは。渡したっていう自信になるから」
 彼女は強いな、と時々思う。一途なのかどうかはさておき、好きな物事に対しては一直線。決めたらとことん突き進んでいる。きっと今回のバレンタインも前々から決めていた事なのだろう。彼女に対して可愛いと言ってしまっては怒るだろうか、と流黄はらしくもない事をふと考えた。
「そういえば、」
 思い出したように流黄は口を開いた。鞄とは別に持参していた紙袋をテーブルの上に乗せていた真鈴は、動きを止めて流黄を見る。
「シュンだけ?渡すの」
 ただ純粋に脳裏に浮かんだ疑問を流黄は口にしていた。問い掛けの意味を理解した真鈴は、笑いながら紙袋に手を掛け動作を再開させる。中から出てきたのは、揃いの小さな箱が数個、それらとは形の異なる箱が一つ、そしてまた別のラッピングを施された袋が一つ。中身を出し終えた紙袋は丁寧に畳まれてテーブルの端に置かれた。流黄は興味深そうにそれらを一つずつ眺める。真鈴は一つきりの箱を手に取ると流黄の手元へと置いた。
「これが、峻くん宛の。よろしくね」
 真鈴はにっこりと微笑んだ。そっと流黄は箱を手に取り、肩を竦めて笑う。一つだけ形が明らかに異なっているのだ、宛先を聞かずとも理解できる。そして残りの小さな箱軍はどうやら頼み事ではなく紹介のようで、真鈴は一つ一つを丁寧に並べながらくすくすと笑った。
「弟と、隣の二人。あとは元同級生とその友達。それだけで五人分必要になっちゃんだから堪んないわよ。あ、あとついでにインカの残りの皆さんに」
「それちょっと酷い」
「なんとなーくの想像なんだけど、峻くんだけにあげたら悪い気がして」
「それはそうなんだけど、多分それあげてもそんなに変わらない気がする」
 そうは言いながらも流黄は可笑しそうに笑っていて、申し訳なさそうな顔をしていた真鈴もつられて笑い出していた。所謂義理チョコ。峻宛ての箱と比べても明らかに大きさが異なっている小さな箱を三つ流黄の手元に置き、真鈴の手元には彼女が直接手渡す分の五人分と、最後に取り出された袋が残された。流黄の視線は自然とそちらに向く。ピンクとオレンジの不織布に包まれ口をリボンで結ばれているそれは、ふわふわとした柔らかな印象。流黄の知る範囲では、他に真鈴が渡しそうな相手は思い当たらない。流黄の視線を追って彼女の様子に気付いた真鈴は、にっこりと笑ってその袋を流黄に手渡した。
「で、これは、流黄ちゃんに」
 予想していなかった言葉に一瞬きょとんとした流黄は、思わずそれを受け取るのを忘れる。真鈴はくすくすと笑うと、流黄の手にそっと袋を持たせた。
「ほら、よくあるでしょ。友チョコって」
「え、でも、私…真鈴の分用意してない」
 少しばかり戸惑っている流黄に向ける視線は、先程までの我が侭いっぱいだった彼女のそれとは違い、すっかり保護者のような目になっていた。面倒見の良い姉だとか先輩だとかは、きっとこういう目をしているのだろう。そしてそれは彼女に対しては比喩ではない。
「いいの、お返し欲しくて作ったんじゃないんだから。素直に受け取っておきなさい」
 流黄が袋を持った事を確認すると真鈴は手を離す。先程畳んだ紙袋を広げ直すと、残された小さな箱たちを丁寧にまた詰め直した。その間流黄は、真鈴に渡された袋を両手で持ってずっと見つめていた。リボンを解くのがなんだか勿体なかった。

「…ありがと」
 漸く言えた礼の言葉に、真鈴は嬉しそうににっこりと笑った。


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